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アルテミシア



 戦場を駈ける女、で、最も印象深いのはハリカルナッソスの女王アルテミシアですね!! クセルクセス王に従ってペルシア戦争に参加して、他のどの将軍・提督にも勝る知略と勇気を示しました。

 彼女はヘロドトスの『歴史』にかなり出てくるのですが、例によって有坂純さんの『新書英雄伝』から。

 ハリカルナッソスは現在のトルコの最南西にあったギリシア人の建設したポリスです。ロードス島の本土側、というと分かりやすいでしょうか。

 アルテミシアは夫の死後女王の座に就いた人物で、ペルシア戦争の頃には既に成長した息子もありました。ヘロドトスによると、彼女には特にそうしなければならない理由は何一つ無かったにも関わらず、ただ生来の豪気と勇武の性格から、自ら艦隊を率いて遠征軍唯一の女性指揮官として参加した、という事です。

 さて、ギリシア連合軍がレオニダス破れ、アテナイを放棄し、コリント地峡に防御線をはっていた頃です。クセルクセス王は勝利を確信し、最後のギリシア軍撃滅をどこでどのように行うか、軍議を開きました。フェニキア、イオニアの大提督達が皆、一大海上決戦によってけりをつけよう、と主張するのに対して、一人アルテミシアのみが反対意見を述べたのです。彼女の主張は、ギリシア海軍の力を侮り難しと見、圧倒的に優勢な陸軍力でもってペロポネソスの心臓部を衝くべし、というものでした。これは全く正しい意見だったのですが、クセルクセス王はアルテミシアの直言を称賛したものの、採用する事はしませんでした。また、その強さのあまり妬まれる事多かったアルテミシアに対して、半数の提督達は「これでアルテミシアは墓穴を掘った」と考えたともいいます。

 サラミス海戦の当日。クセルクセス王は戦いを一望出来る丘の上に陣取り、自らの軍隊が大勝利を収めるであろう様を観戦していました。対するギリシア連合海軍はテミストクレスが指揮し、技量でも士気でも勝り、数の劣勢を封殺する狭いサラミス水域での戦い。戦いはギリシア連合海軍の大勝利となり、大混乱を起こしたペルシア連合海軍の船が命からがら逃げ出したのは知っての通りですが、そんな中でもアルテミシアの戦いは違っていました。

 しかし、ギリシア連合海軍の艦船が次々にペルシア軍の艦船に襲いかかる中でも、これまでの戦闘によってギリシア軍にもその名を轟かしていたアルテミシアに対する追及は凄まじいものでした。どんな犠牲を払おうとも彼女の首をとるか、さもなくば捕らえる為に、ギリシア軍は実に一万ドラクマもの賞金をかけていたのです。更に連合艦隊の各艦長には、「アルテミシアの船を沈めるか、それとも自分の船が沈められるかするまでは決して追跡を止めるな」という命令まで出されていました。

 勇戦空しくアルテミシアの座乗するハリカルナッソスの旗艦も遂にアテナイの戦闘艦につかまりそうになり、その運命もこれまでかと思われた時です。丁度ハリカルナッソス艦の目の前を、常々から何かというと対立していた(恐らく先の軍議でもアルテミシアが墓穴を掘ったとほくそ笑んだであろう)カリュンダ王ダマシテュモスの船が、こちらに横腹を見せながらのろのろと航行しているのがアルテミシアの目に入りました。

 この機を逃せば全てが終わりです。素早く決断を下したアルテミシアは、なんと自分の船の衝角(ラム)をそのままダマシテュモスの船のどてっ腹に突っ込ませたのです!

 ペルシア船が撃沈されるのを見たアテナイ船は、アルテミシアの船を味方の船であったかと信じ込み、そのまま他へ向かっていきました。 更に運のいいことには、ダマシテュモスの船はあっという間に沈んでしまい、生存者がただの一人もいなかったので、アルテミシアのやらかしたことが大王に伝えられるどころか却ってギリシア船を撃沈したものと思われて手柄になってしまいました。まさに一石三鳥になったわけです(しかし・・・(笑))。

 サラミス海戦での大敗北に、勝利を観戦するつもりで眺めていたクセルクセス王は大ショックは受け、一刻も早くペルシアに帰りたくなります。マルドニウスの、半分の兵力を置いて王は帰還なさる様に、との意見を聞いた彼は、アルテミシアの先の直言の正しかったのを思いだし、彼女に意見を尋ねます。彼女は今度は繊細さを発揮して、王に帰還する様に薦めました。尤も、ヘロドトスは、「この時のクセルクセスは、男女を問わず世界中の人間がこぞって彼に残留を進言したとしても、決して留まらなかったであろう。」と書いてますが(笑)。

 彼女は一年振りに美しい祖国、ハリカルナッソスに帰る事になります。