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【最期の言葉】ネイ元帥


 ネイ元帥に就いては、参照しやすい資料もあるので(『名将たちの決断』柘植久慶 原書房)、ささっと過去ログから転載するにとどめます。


Ney ネイ エルヒンゲン公爵、モスクワ公爵 1769〜1815銃殺刑 1804年元帥
 [出身]樽工(士官) [戦功他]ロシア戦役
 [性格]勇敢 [評価]EXCELLENT
 [コメント]発音は「ネー」が近いらしいがそれだと間抜け。1812〜1815年にか
      けてはナポレオンに次ぐNo.2の目立ち方をする。ロシア戦役の撤退
      戦、「ナポレオンを檻に入れて来る」と豪語した事、ワーテルロー
      の戦いの一万騎の騎兵大突撃、「俺が分かるか! フランス陸軍の
      ネイ元帥だ!」の台詞などで有名。ナポレオンがセント・ヘレナに
      流されてからは第一級の戦犯者と見なされ、銃殺刑に処された。そ
      の軍師ジョミニも有名で、「ネイ元帥 ジョミニいなけりゃ 勇気
      バカ」と評される。
      岸田恋にいう、ネイ元帥の趣味はフルートである。


 rougeaud1769さんの「ネイ元帥」のページもどうぞ!(面白いです)


 『人間最後の言葉』で、クロード・アヴリーヌはネイ元帥が最後に銃殺刑に処されるまでの多くの言葉を挙げている。

 最初、彼は軍法会議にかけられる事になっていた。しかし、ネイは味方の多くいるであろう軍法会議を拒否した。
「私は自分の運命を承知している。自分が死ぬだろうということも承知している。私は死を恐れはしない。だが、私は上院議員だ。それゆえ鼓手の様な扱いはされたくない。」

 上院は高等法廷を開き、ネイの裁判が行われた。検事の論告の後、彼は控え室に戻り、自分を弁護してくれた人達に接吻して言った。「お別れだよ。また、あの世で会おう。」

 上院の記録係が彼に有罪の判決を伝えた。彼のさまざまな高い官位が数えられるのを聞いた彼は、「君、ミシェル・ネイとほんの少しの埃といいたまえ。」と叫んだという。或いは、こう言ったという説もある。「土埃を嘗めさせる、と言った方がよかったのではないか。その方がずっと軍隊的だ!」


 妻と4人の子供が面会にやって来た時、彼は言った。「私は内乱を避けるためにクルティウスの様におのれを犠牲にした。私はクルティウスの様に振る舞った。私は深淵に身を投じたのだ。」 妻はつぶやいた「きっと仇はお討ちいたします。」「いや、それはならん。子供たちには赦すことを教えなさい……」
(クルティウスとは、ローマを救う為深淵に身を投じたという伝説的人物)


 いよいよオプセルヴァトワール広場での銃殺刑の準備が始まった。彼はどういう姿勢をとればいいのかと尋ねた。目隠しをする様に薦められると、こう言った。「諸君は私が二十年も前から、弾丸を直視するのに馴れているのを知らないのか?」

 そして、銃殺の直前、彼はこう言った。
「兵士諸君。私はフランス人だ。私はフランス人がどのように死ぬか教えよう。射撃の命令を受けたらまっすぐに心臓を狙え。命令を待て。最後に諸君らに告げる。私は死刑宣告に対し抗議する。私は百度フランスの為に戦ったが、一度としてフランスに反逆したことはない。」

 格調高く告げると、ネイは12名の銃殺隊の前で胸を張った。1名が外し、11発の弾丸がその胸に命中した。