共和政ローマの名門

◆参照している資料について◆


 「共和政ローマの名門」の中で、各氏族・家系について調べて記述していっているわけですが、その中にさまざまな史料・資料名が出てきます。というか、書くようにしています。
 というのは、できるだけ出所(出典)を明らかにするという事と、出典を書いておけばそれらに興味を持って読んで訳してくれる人が出てくるかな、という事を思っていたりするわけです(^◇^;)

 ただ、出典を記しているといっても、どういうものか分からなければ意味ないですし、また資料・史料自体の信頼性や時代性の問題もあります。そこらへんの事をある程度簡潔に記しておく必要があるかと思いまして、この「参照した資料について」を書いてみました。



 主たる資料

■『Dictionary of Greek and Roman Biography and Mythology』

 直訳すると『ギリシア・ローマ人物神話辞典』。権威ある本ではないようで略記は知りませんが、私は勝手に『DoGaRBaM』(ドガルバム)と呼んでます。びっしり細かい字でぶっとい三冊本。この本の存在を知ったおかげで、「共和政ローマの各氏族の成員について調べたい〜!」という夢と作業を大きく前進させることができるようになりました。

 あるたった一種類の古典史料に「名前が一度出てきます」程度の超ドマイナーな人物まで、あらゆる人物を網羅して作ったと思われる辞典で、記述も詳細で躍動感があって面白く、学説や史料間の相違なども示してくれるあたりが素晴らしい! 系図資料やコインの画像もあるし、わりと和訳しやすいのも大変ありがたいです。

 ただ出版年が1849年と、150年前以上前の本で、さすがに知見の古さはいかんともしがたいものがあるようです。ローマ史研究の分水嶺とされるモムゼンの著作『ローマ史』(邦訳は『ローマの歴史』)が1854〜56年の出版で、ちょーどその直前あたりの本という事になりますが、「古典史料に書かれていることをそのまま信用するんじゃなくて史料批判しなくちゃダメだよ」とした近代歴史学の祖ニーブールの『ローマ史』が1811〜32年出版なので、この本はニーブール史学はふまえていて、「古典史料ではこう書かれているけど、ニーブールはこう言ってるよ」という事が時々書かれています。そこらへん偉い。

 もっとも、ニーブールの批判は行き過ぎであったという批判が後代になされていたりもし、またその批判がさらに批判され……とどんどん進んでいるのが現在のローマ史研究の最前線らしいのですが、私はそこまでよう調べられませんので勘弁して下さい。あ、でも、「その説は誰々によるとこう言われているらしいですよ〜」ってなご指摘は、大変嬉しいですし興味あります。

 この本は、http://www.ancientlibrary.com/smith-bio/でその全てがサイト上で読めます。検索もできるし……。ただ、OCR原稿が若干読み間違いしている部分もあるのでご注意(画像自体も見られるので訂正には問題ありませんが)。

 新しい版が2006年秋頃?に出版されるらしいですが、新しい知見が入っているわけではどうもなさそうで、しかも10万円以上になるようです。古書が15000円程度で買えるという事で、私はそちらの入手に人に骨を折っていただきました<(_ _)>




■『The Magistrates of the Roman Republic』

 直訳すると『共和政ローマの政務官達』。略記はMRR。前509年から前31年までの共和政ローマの全政務官の名前と出典とその略歴を記していった本です。基本的には分厚い二冊本ですが、追加&修正の薄い第三巻もあります。II巻には「Index of Careers」という、人物名一覧にそれぞれ官職歴が記された部分がありまして、この部分も大変ありがたいです。また、注に細かく、史料や学者による説の違いも記してあって助かるのですが、逆に詳細すぎて「良くわからん〜」てな面も(^◇^;)

 もともと私はこの本と、あとは断片的な記述しか手に入らない日本語資料でもって各氏族の成員を分かる限り調べていたんですが、『DoGaRBaM』を知ってからは、この本の価値は、「知見が新しい」という部分にシフトしつつあります。この本は1951年出版のようで、モムゼンはもちろんとして、1920年に諸家系の連携や敵対について詳細に描き出したというミュンツァーや、1947年に古代ローマの執政官・凱旋将軍の暦表の完全版を編集したデグラッシの出典や学説などもフォローされてきているので、信用度は格段に上がってきているのだと思います。

 実際、『DoGaRBaM』とMRRと後述の『New Pauly』を見比べていると、『DoGaRBaM』だけ内容が違っていて、MRRと『New Pauly』は一致する……という様なことが非常に多いです。
そのような場合には恐らくMMRなどの方がより後の知見なのであり、信頼性に勝ると思うわけですが、一応私自身は『DoGaRBaM』の記述も並記しています。

 後述の『The Oxford Classical Dictionary』に載っている人物の数が限られているので、マイナーな人物も載っている『DoGaRBaM』とMRRを見て、特にMRR側の記述を参考にする形になります。ただ、MRRには、官職歴のない人間は全然載ってませんので、そっち側は完全に『DoGaRBaM』頼りです。

 私がこの本の存在を人に教えてもらった10年ぐらい前は、日本語サイトからでも買えたものでしたが今は全然無理なようで、英語サイトで古書で?手に入れるしかないようです。いちおー、3万円くらいで揃うとか?




■『New Pauly』

 この本は私は持っているわけではなくて、ごく一部を見させてもらっただけなんですが、記述の中に資料名としては出させてもらっているので。

 実はよく分かってないんですが、この本はドイツの古典学大事典、Pauly-Wissowa, Real-Encyclopadie der classichen Altertumswissenschaft(のさらに新版?Der Neue Pauly?)の英訳本だそうで、全20巻で各巻3万円弱だそーです。そんなの買えません〜(;>_<;)

 記述としてはわりと簡潔で、マイナーな人物を扱うことにかけてもやや中途半端かとも思うんですが、しかし家系に関する詳しい説明があったり、クリティカルに重要な情報が入ってくるので侮れません。というか、明らかに英語で読める古典古代の総合事典としては最高なんだと思います。が、値段的に手が出ません。

 英語が『DoGaRBaM』より読みにくい感はあるので、10年後くらいに『DoGaRBaM』他がほぼすべて読み終わって金があったら買いたいですね〜。




■『The Oxford Classical Dictionary』

 訳すならば『オックスフォード古典古代事典』か。略称はOCD。人物事典ではなくて、ギリシア・ローマ時代の事件、物、人、事柄すべてに関する事典ですので、必然的に載っている人物は限られることになります。でかいですが一冊本ですし。

 ただし知見は超新しい! 初版が1949年、第二版が1970年、第三版が1996年、第三版改訂版が2003年です。他の資料に載っている知見が否定されてたりもします。超有名人しか載っていないわけではなくて結構ややマイナーだなと思える人物まで載っていますし、人物伝だけでない部分ももちろん結構役立ちますのでありがたいです。

 第二版の古書なら神保町とかで3000円以内くらいで買えるそうです。第三版改訂版は、ネット上で14000円くらいで買えます。





 原典史料

■リーウィウス:『建国以来の書』(AB URBE CONDITA)

 共和政ローマ史の最も重要な史書。長らくごく一部を除いて本邦未訳でしたが、ついに西洋古典叢書で全訳が始まりました。

 もともと全142巻で、ローマの起源から前9年までを描いていたものの、完全に現存するのは第1〜10巻(ローマの起源〜前293年)と第21〜45巻(前218年〜前167年)のみ。また、各巻の綱要(ペリオカ)は、第136,137巻以外の全巻に存在します。

 訳は、1〜3巻のものが岩波文庫『ローマ建国史』として出版され、また5巻の一部訳がネット上に存在します。

 西洋古典叢書からは全訳がなされる予定ですが、今の時点では第6巻〜第8巻(24章まで)の1冊のみが出版されています(『リウィウス ローマ建国以来の歴史3』)。

 あと、ニワセさんが21巻から30巻までを英語から訳される計画でしたが、止まっておられる?(http://livy.sppr.main.jp/)。

 英訳されたものはネット上にすべて公開されていて、たとえばhttp://www.livius.org/li-ln/livy/livy.htmの右上の項目の「Text」で現存する巻、「Periochae」で各巻の綱要のページに飛べます。

 その内容は、例えば、

 「リウィウスは、ポリュビオスをはじめ従来の歴史家の著書を利用しているが、戦争や地理の描写が不正確であり、また、ときに内容の繰り返しや矛盾がみられ、利用した資料批判の姿勢に欠ける。しかしその反面、引用した資料をあまり改作せず、古い伝承をよくつたえているといわれる。文体は流麗で、いわば散文で書かれたローマ叙事詩であり、ローマの歴史を生き生きと伝える、黄金期のラテン文学の傑作である。」
(『Microsoft Encarta2001 Encyclopedia』)

 「その記述は学問的ではなく感情的であり、皇帝ガイウスの「冗長で不注意」という評価は厳しいが的を射ている。記録に対する一貫しない姿勢、ウァロの故事の研究の完全な無視、年代記史料の無造作な使用、ギリシア語の未熟さ、戦争や地理に対する理解不足−これらは時折不快感させ起こさせよう。しかし、ローマ初期の記述は事実大雑把で受け入れがたいものの、歴史家にとって大きな価値を有する豊富な史料(たとえば政務官表)を伝えている。さらに重要なのは、彼が劇作家、演説家、語り手の天性の才能を有していたことである。偉大な英雄(スキピオ・アフリカヌスやカミルス)の人物描写は詳細で、ローマ史上の転機となる諸事件ははなやかに脚色されたクライマックスになっており(とくに前390年のカミルスの調停)、時に数巻を費やしている(第2次ポエニ戦争の場合など)。その文体はクィンティリアヌス(『弁論家の教育』第10巻1章32節)により「豊かな乳の流れ」と、ややかたよった評価をされている。だが場面描写(たとえばアルバの陥落、ガリア人のローマ掠奪、カンナエの戦いの影響)は、読者に臨場感と事件への感情移入を起こさせるほどに劇的で、緊迫感と想像力に満ちあふれている。」
(『古代ローマ人名事典』)

 私としては、共和政ローマの人物に関する典拠として示されることも最も多く、また(史実かどうかはともかく)詳しくて臨場感にあふれ、人物のキャラクター性もよく掴めるリーウィウスはいちいち参照して人物伝に書き加えたいところなのですが、いかんせん私の英語力では他の資料に比べて和訳につまることが多く、また量も多いので、万やむを得ない場合を除いてはリーウィウスを参照することなく、他の資料だけでなるべく早く人物伝を作業していき、後で参照していこう……と思っています。






■ポリュビオス:『歴史』(Historiae)

 全40巻で、第2次および第3次ポエニ戦争を含む前220年〜前146年のローマ興隆の歴史を扱っていますが、完全に残るのは最初の5巻のみ。ただしそれ以降の部分も抜粋や引用でいくらか残っているそうです。

 ポリュビオスは全訳刊行の予定があり、すでに2冊(1〜3巻、4〜8巻の部分)は出されています(西洋古典叢書『ポリュビオス 歴史』京都大学学術出版会 全4冊の予定)。

 その内容は、例えば、

 「その叙述は、実際の目撃者から取材することを建前としており、また大志ある政治家や一般の読者に歴史の真実を教訓として史実を提供する「実用的」手法をとったため、古代の歴史著作のなかにあっては非常に信用に足るものである。他方これとは逆に、熱心なアカイアびいきと保守的な偏向、他の原史料から(しばし無批判で)受け継いだ歪曲、ギリシア人としてローマの制度への無理解、さらには知ったかぶりで説教じみている傾向も指摘されている。」
(『古代ローマ人名事典』)

 訳されている本を読んでいると、ポリュビオスは簡潔で、人物描写よりは政治システムや軍事システムに詳しい気がします。そういう意味で、人物伝を書くにあたってはメインの資料というわけでもないのですが、典拠としてもいくらか出てきますし、ちゃんと訳され(つつ)てあるという意味では貴重だと思います。




■プルータルコス:『対比列伝』

 日本では『プルターク英雄伝』として知られ、全訳が岩波文庫で出ていますが、1952年の訳なので、10年ごとにしか復刊されないようです。前回の復刊の分が今ならまだでかい本屋でなら手に入るかもしれないので、興味のある方は急いで下さい(他の出版社からもいくらか訳されていますが、全訳ではありません)。

 ギリシアとローマの著名人を、似たタイプごとにまとめて記述した人物伝で、ローマ側には以下の人物伝があります。

 ロームルス、ヌマ(以上は王政ローマ)、プーブリコラ、カミ^ルス、ファビウス・マークシムス、マルキウス・コリオラーヌス、アエミリウス・パウルス、マルケ^ルス、大カトー、フラーミニーヌス、マリウス、ス^ラ、ルーク^ルス、クラッスス、セルトーリウス、ポンペーイウス、カエサル、小カトー、ティベリウス及びガイウス・グラックス、キケロー、アントーニウス、ブルートゥス(以上が共和政ローマ)、ガルバ、オトー(以上は帝政ローマ)

 また、わりとローマに絡むギリシア側の人物として、ピュ^ロス伝もあります。大スキピオー伝については書かれたかどうかはっきりとせず、小スキピオー伝は書かれたものの散佚してしまったようです。

 その内容は、例えば、

 「この著作を歴史的記述として見る場合には,不正確さや資料に対する批判の欠如が目だつが,プルタルコス自身これは歴史の本ではなくあくまでも伝記であるとことわっている。各人物について家系から始まり,生い立ちや教育,出世とその後の運命など共通した構成で記述を進めているが,主眼は人物像を明確に描き出すことに置かれ,そのためには偉人の大きな業績よりもむしろささいな言動に性格がよく現れることを重視した。偉大な人物の持つ欠点もまた読者に徳の重要さを教えるところが大きいと考える著者の,人間性によせる温かい理解は,作品の各所にあふれて,いきいきとした叙述とあいまって伝記を魅力あるものにしている。」
(『平凡社世界大百科事典』)

 私が大学時代に『共和政ローマ』というボードゲームに興味を持ち始めた時に丁度この本が復刊され、買って読んで共和政ローマにハマったのでした。ただ、旧仮名遣いバリバリであることと、話題があっち行きこっち行きするのがやや読みにくいですが、量的にもかなりあり、もともと人物伝として書かれていることから、参考文献としては非常に有益であると言えます。